お魚たんぱく健康だより 魚肉タンパク質の持つ多様な健康機能
2023.09.19
FoodStyle21「海の幸にみる健康への可能性」特集に掲載された「魚肉タンパク質の持つ多様な健康機能」1)の内容を基にして、様々な魚肉タンパク質の健康機能について紹介します。
はじめに
魚介類は世界中でタンパク質源として食生活を支えている極めて重要な資源の一つであり2)、適切に資源管理が行われていれば、畜産動物に比較すると生態系への影響、環境負荷が少ない、持続可能な食物の供給源でもある3)。
これまで、 魚介類タンパク質に関する研究は、水産練り製品の原料となるすり身の変性抑制や加工特性に関するものが大多数を占めており、魚介類タンパク質の栄養機能あるいは健康機能に関する研究は、多くの研究者の興味の対象外であった。しかし近年、 魚油の機能性にする研究に比較すると数は少ないが、 魚介類タンパク質の機能性に関する研究成果が見られるようになってきた。ここでは、 魚肉タンパク質の特性、 栄養学的評価について触れ、 さらに魚肉タンパク質の健康機能について述べる。
魚肉タンパク質の特徴
●畜産動物よりも筋原線維タンパク質の比率が高い(表1)
●魚類は水中に棲息するため、 重力に対し身体を支える必要がなく、陸上に棲息する畜産動物よりも結合組織を構成するコラーゲン、 エラスチンなどの筋基質タンパク質が少ない
→そのため、一般的な畜肉や大豆、 穀物など植物由来タンパク質よりも消化性に優れている4)
魚肉タンパク質の栄養価
●定量条件の見直し、 分析技術の向上から魚肉タンパク質は畜産肉タンパク質と遜色ない栄養価を有し、 高い消化性を有することが今や常識である5)。
●アミノ酸スコアはイカやタコ、 貝類など軟体動物のなかにはバリンが第一制限アミノ酸となりやや低い値を示すが、 ほとんどの魚類のタンパク質は畜肉タンパク質と同様に100である6)。
●最近、 消化性を加味したタンパク質の「質」を評価する方法であるDigestible Indispensable Amino Acid Score (DIAAS)が国連食糧農業機関(FAO)から提言されており、動物性および植物性の各種タンパク質についてDIAASを測定し、 食事性タンパク質の有効性向上をめざした包括的な取り組みがなされている7)。
→DIAASを基にして魚介類食の消費向上を図ることは、 高齢者のフレイル、 ロコモ対策に大きな意味を持つと言える
魚肉タンパク質のコレステロール代謝改善作用
●魚介類を摂取した場合に、 血清総コレステロール(T-Chol)および低密度リポタンパク質コレステロール(LDL-Chol)濃度の低下が確認される。
→しかし、 n-3PUFAを含む魚油(トリグリセライドタイプ)では、 T-Chol およびLDL-Chol低下作用はみられない
●魚介類摂取による血清のT-Chol低下は、魚肉タンパク質消化物による糞へのCholおよび胆汁酸(BA)排泄促進によることを確認している8-10)。
●ラットに魚肉タンパク質の給餌した時、 CholからBA合成の律速酵素である肝臓のコレステロール7αヒドロキシラーゼのmRNA発現量が増加することを明らかにした11)。
魚肉タンパク質の血圧低下作用
●魚類筋肉やその消化物は、レニン・アンジオテンシン系のアンジオテンシン変換酵素を阻害することで、血圧低下作用を示し12,13)、いくつかのペプチド配列も同定されている14,15)。
魚肉タンパク質の血液凝固抑制、血栓溶解作用
●村田らはラットを用いて、 イワシタンパク質を含む餌料を給餌し、 血液凝固抑制、 血栓溶解作用を確認している16)。
→EPAやDHAなどの魚油が持つ抗血小板凝集作用に対して、魚肉タンパク質は血栓溶解作用を有する。
魚肉タンパク質の抗糖尿病作用
●ラットを用いた実験で、スケソウダラタンパク質給餌は、腸内細菌叢の組成を変化させ、インスリン感受性を改善することを報告している17)。
●魚肉タンパク質のかまぼこ化による耐糖能の改善作用に関する実験では、対照群に比較し、インスリン抵抗性の危険因子である遊離脂肪酸濃度は、スケソウダラタンパク質(APP)群およびかまぼこタンパク質(KBP)群で対照群より低値であること、食餌負荷試験においてKBP食は対照食およびAPP食に比較し、30分および60分での血糖値の上昇を有意に抑制することが確認された(図1)18)。この時、血中インスリン濃度への影響は認められなかった。
→かまぼこ化による網目構造の構築に伴う消化性の変化が、ペプチドの生成に差異をもたらし、肝臓および骨格筋細胞へのグルコース取り込みを改善したことに起因すると考えられる。
魚肉タンパク質による脳機能維持効果
●魚肉タンパク質(FP)の給餌が老化促進マウス(SAMP10)の加齢性認知機能障害を予防できるかどうか、魚油(FO)と比較し評価した結果、FPの給餌がSAMP10マウスの海馬の軸索形態を維持することにより、加齢に伴う認知機能障害を予防することが示唆された19)。
→筆者らは、魚肉タンパク質やその消化物が脳に直接影響を与える可能性は低いと考えており、近年明らかにされつつある脳と腸内細菌の関係(脳腸相関)に着目し、短期記憶改善効果と腸内細菌叢の網羅的解析を実施している。
※詳しくはこちらもご覧ください。
おわりに
水産物は優れた栄養特性を有することは万人が知るところであり、イコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)は、その高い生理機能から注目されてきた。しかし、 魚介類のタンパク質の健康機能性は陰に隠れ、 見過ごされてきた。現在では、 筆者らの研究をはじめ、 内外の研究者からも、 魚肉タンパク質の健康機能が報告されるようになり、 行政サイドでも取り上げられるようになった20)。
本稿で紹介した以外にも特定の疾患に対する予防あるいは治療効果をはじめ、 さまざまな機能が多岐にわたり報告されている。研究の進展に伴い、 魚肉タンパク質のみならずその加水分解物は、 各種保健機能食品、 サプリメントとして期待される。しかし、 健康のためだけにこれらを摂取することには違和感がある。我が国の食文化を大切にして、旬の魚介類を楽しみ、 多彩で豊かな食生活を営むことが現代人には、何より必要だと考える。
<参考資料>
1)福永健治.魚肉タンパク質の持つ多様な健康機能.FoodStyle21 27.7 (2023): 30-33.
https://www.foodchemicalnews.co.jp/item/cartfs21/7131.html
2)Chen J. et al. A critical review on the health benefits of fish consumption and its bioactive constituents. Food Chemistry 369 (2022): 130874.
https://doi.org/10.1016/j.foodchem.2021.130874
3)Bianchi M. et al. Assessing seafood nutritional diversity together with climate impacts informs more comprehensive dietary advice. Communications Earth & Environment 3.1 (2022): 188.
https://doi.org/10.1038/s43247-022-00516-4
4)Friedman M. et al. Nutritional value of proteins from different food sources. Journal of agricultural and food chemistry 44.1 (1996): 6-29.
https://doi.org/10.1021/jf9400167
5)JL Hurtado Sarabia. Fish protein: nutrition and innovation. Nutricion Hospitalaria 38.Spec No2 (2021): 35-39.
https://doi.org/10.20960/nh.03795
6)文部科学省.日本食品標準成分表2020年版(八訂) (2015).
https://www.mext.go.jp/a_menu/syokuhinseibun/mext_01110.html
7) Herreman L. et al. Comprehensive overview of the quality of plant-And animal‐sourced proteins based on the digestible indispensable amino acid score. Food science & nutrition 8.10 (2020): 5379-5391.
https://doi.org/10.1002/fsn3.1809
8)Hosomi R. et al. Fish protein decreases serum cholesterol in rats by inhibition of cholesterol and bile acid absorption. Journal of food science 76.4 (2011): H116-H121.
https://doi.org/10.1111/j.1750-3841.2011.02130.x
9)Hosomi R. et al. Fish protein hydrolysates affect cholesterol metabolism in rats fed non-cholesterol and high-cholesterol diets. Journal of medicinal food 15.3 (2012): 299-306.
https://doi.org/10.1089/jmf.2011.1620
10)Hosomi R. et al. Effect of combination of dietary fish protein and fish oil on lipid metabolism in rats. Journal of food science and technology 50 (2013): 266-274.
https://doi.org/10.1007/s13197-011-0343-y
11)Hosomi R. et al. Effects of dietary fish protein on serum and liver lipid concentrations in rats and the expression of hepatic genes involved in lipid metabolism. Journal of agricultural and food chemistry 57.19 (2009): 9256-9262.
https://doi.org/10.1021/jf901954r
12)杉山圭吉ら.魚タンパク加水分解物の栄養価. 日本栄養・食糧学会誌 44.1 (1991): 13-18.
https://doi.org/10.4327/jsnfs.44.13
13)村上哲男ら.脳卒中易発症性高血圧自然発症ラット (SHRSP) における抵抗血管の内皮機能異常に対する魚肉の保護作用. 日本栄養・食糧学会誌 49.1 (1996): 23-28.
https://doi.org/10.4327/jsnfs.49.23
14)Kohama Y. et al. Isolation of angiotensin-converting enzyme inhibitor from tuna muscle. Biochemical and Biophysical Research Communications 155.1 (1988): 332-337.
https://doi.org/10.1016/S0006-291X(88)81089-1
15)関英治ら.Val-Tyr は消化管プロテアーゼ耐性なイワシ由来の ACE 阻害ペプチドである. 日本農芸化学会誌 69.8 (1995): 1013-1020.
https://doi.org/10.1271/nogeikagaku1924.69.1013
16)Murata M. et al. Fish protein stimulated the fibrinolysis in rats. Annals of nutrition and metabolism 48.5 (2004): 348-356.
https://doi.org/10.1159/000081971
17)Takada N. et al. Processing Alaska Pollock Protein (Theragra chalcogramma) into Kamaboko Protein Mitigates Elevated Serum Cholesterol and Postprandial Glucose Levels in Obese Zucker fa/fa Rats. Foods 11.21 (2022): 3434.
https://doi.org/10.3390/foods11213434
18)Hosomi R. et al. Dietary Alaska pollock protein alters insulin sensitivity and gut microbiota composition in rats. Journal of Food Science 85.10 (2020): 3628-3637.
https://doi.org/10.1111/1750-3841.15413
19)Murakami Y. et al. Protective effects of fish (Alaska pollock) protein intake against short-term memory decline in senescence-accelerated mice. Nutrients 14.21 (2022): 4618.
https://doi.org/10.3390/nu14214618
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