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お魚たんぱく健康だより スケトウダラたんぱく質の摂取は短期記憶維持に有効である

2023.05.09

2023年3月に行われた日本水産学会大会において、スケトウダラたんぱく質の摂取が短期記憶維持に効果があるという研究成果が関西大学のグループから発表されました。とり胸肉や乳たんぱく質と比べて高い効果が認められており、魚肉たんぱく質の優れた点が明らかにされました。今回は提供していただいた発表資料を基に研究内容を紹介します。

背景および目的

これまでの研究において、スケトウダラたんぱく質(APP)の摂取によって短期記憶維効果が認められることがすでに明らかにされており、この効果は魚油や一般的なマウス餌料のたんぱく質源として使われているカゼインよりも有意に高いことが分かっていました(図1) 1,2)。しかし、その効果がAPP特異的なものであるかどうかは不明だったため、本研究では他の動物性たんぱく質と比較することを目的として、乳たんぱく質であるカゼイン(CAS)、ホエイ(WP)、およびとり胸肉たんぱく質(CP)とAPP摂取の効果を調べました。

図1.背景および目的.
参考資料1)「スケトウダラ、乳清タンパク質および家禽由来タンパク質の給餌が加齢促進モデルマウスSAMP10の短期記憶維持に及ぼす影響」令和5年度日本水産学会春季大会(2023)の発表資料を改変.

方法

サンプル調製:

・スケトウダラおよびとり胸肉可食部をミンチにして凍結乾燥後、ヘキサンとエタノールを用いて脱脂

・カゼインおよびホエイたんぱく質は市販品を使用


成分組成:

 ・4種のサンプルはいずれもたんぱく質含量85%程度、脂質は1%以下

 ・APPのEPA+DHA含量は0.2%以下


試験餌料組成:

 ・AIN93G組成に従い、タンパク質源をCAS、APP、CP、WPとなるように調製


実験動物:

 ・老化促進マウスSAMP10 加齢に伴って記憶能力が顕著かつ早期に低下する


飼育条件:

 ・1ヶ月齢の雄性マウスに上記実験餌料を自由摂取で5ヶ月間給餌した後、1ヶ月かけて行動試験を実施

 ・試験終了後に解剖し、海馬および糞を採取して軸索の染色および腸内細菌叢解析に供した


測定項目:

 ・オープンフィールド試験、Y字型迷路試験(Y-Maze)、新奇物体認識試験(NORT)、バーンズ迷路試験
 ・ここでは明確な差が認められたY字型迷路試験(図2)の結果を中心に示す

図2.Y字型迷路試験.
交替行動率を作業記憶の指標とした.参考資料1)「スケトウダラ、乳清タンパク質および家禽由来タンパク質の給餌が加齢促進モデルマウスSAMP10の短期記憶維持に及ぼす影響」令和5年度日本水産学会春季大会(2023)の発表資料を改変.

結果および考察

短期記憶維持:

 自発行動量に有意な差は認められませんでしたが、交替行動率を比較すると、APP群はCAS群と比較して有意に高く、CPおよびWP群と比較して高い傾向がみられました(図3)。このことから、APP摂取は、CAS、CP、WPと比較して、SAMP10マウスの短期記憶を維持する可能性があることが分かりました。

図3.各たんぱく質の摂取がSAMP10マウスの作業記憶におよぼす影響.
参考資料1)「スケトウダラ、乳清タンパク質および家禽由来タンパク質の給餌が加齢促進モデルマウスSAMP10の短期記憶維持に及ぼす影響」令和5年度日本水産学会春季大会(2023)の発表資料を改変.

海馬染色:

 短期記憶に関わっている海馬CA1領域の有髄神経繊維の状態を免疫染色法で評価しました。軸索の構成成分であるニューロフィラメントHと髄鞘の構成成分であるミエリン塩基性タンパク質を赤で染色し、この両方が重なって黄色になっている部分が髄鞘で覆われた軸索を示しています(図4)。加齢が進むと軸索の断裂が生じますが、APP摂取群では軸索の断片化が抑えられている様子が確認されました。このことから、短期記憶維持には軸索断片化の抑制作用が関わっている可能性が示唆されました。

図4.各たんぱく質の摂取がSAMP10マウス軸索の断片化におよぼす影響.
海馬CA1領域の有髄神経繊維の状態を免疫染色法で評価した.参考資料1)「スケトウダラ、乳清タンパク質および家禽由来タンパク質の給餌が加齢促進モデルマウスSAMP10の短期記憶維持に及ぼす影響」令和5年度日本水産学会春季大会(2023)の発表資料を改変.

腸内細菌叢:  
 APP摂取の作用機構として、APPやその分解物が脳に直接関与することは考えにくいことから、近年明らかにされつつある脳と腸内細菌の関係に着目し、短期記憶維持効果には脳-腸-微生物相関が関与していると仮説を立て、腸内細菌叢の網羅的解析を実施しました。その結果、APP摂取群では、善玉菌として知られているLactobacillus属の構成比率がCASおよびWP摂取群と比べて有意に高いことが分かりました(図5)。加えて、Lactobacillus構成比率と作業記憶との間の相関を評価した結果、両者間に有意な相関が認められました(図5)。これまでの実験動物を用いた研究において、Lactobacillusの投与によって短期記憶や認知機能が改善されること3-5)、アルツハイマー病患者の腸内細菌叢ではLactobacillus属の構成比率が低下していること6)が報告されています。本研究の結果から、Lactobacillus構成比率と作業記憶との間に関係がある可能性が得られました。

図5.各たんぱく質の摂取がSAMP10腸内細菌叢中のLactobacillus属構成比率におよぼす影響.
参考資料1)「スケトウダラ、乳清タンパク質および家禽由来タンパク質の給餌が加齢促進モデルマウスSAMP10の短期記憶維持に及ぼす影響」令和5年度日本水産学会春季大会(2023)の発表資料を改変.

まとめ

スケトウダラたんぱく質の摂取は短期記憶維持に効果を示し、その時軸索の断片化が抑制されていた。さらに腸内細菌叢中のLactobacillus構成比率を高める効果も認められ、腸内細菌叢変化の影響を介して脳へ影響を及ぼしている可能性が示唆された。

データ提供:関西大学化学生命工学部 福永健治教授

<参考文献>

1) 田中元稀,木村貴博,村上大和,村上由希,細見亮太,吉田宗弘,福永健治.スケトウダラ、乳清タンパク質および家禽由来タンパク質の給餌が加齢促進モデルマウスSAMP10の短期記憶維持に及ぼす影響.令和5年度日本水産学会春季大会(2023).


2) Murakami Y, Hosomi R, Nishimoto A, Nishiyama T, Yoshida M, Fukunaga K. Protective Effects of Fish (Alaska Pollock) Protein Intake against Short-Term Memory Decline in Senescence-Accelerated Mice. Nutrients 14.21 (2022): 4618.

https://doi.org/10.3390/nu14214618


3) O'Hagan C, Li J V, Marchesi J R, Plummer S, Garaiova I, Good M A. Long-term multi-species Lactobacillus and Bifidobacterium dietary supplement enhances memory and changes regional brain metabolites in middle-aged rats. Neurobiology of learning and memory 144 (2017): 36-47.

https://doi.org/10.1016/j.nlm.2017.05.015


4) Cheng L H, Chou P Y, Hou A T, Huang C L, Shiu W L, Wang S. Lactobacillus paracasei PS23 improves cognitive deficits via modulating the hippocampal gene expression and the gut microbiota in D-galactose-induced aging mice. Food & Function 13.9 (2022): 5240-5251.

https://doi.org/10.1039/D2FO00165A


5) Lin S W, Tsai Y S, Chen Y L, Wang M F, Chen C C, Lin W H, Fang T J. Lactobacillus plantarum GKM3 promotes longevity, memory retention, and reduces brain oxidation stress in SAMP8 mice. Nutrients 13.8 (2021): 2860.

https://doi.org/10.3390/nu13082860


6) Ivakhniuk T, Ivakhniuk Y. INTESTINAL MICROBIOTA IN ALZHEIMER'S DISEASE. Georgian Medical News 313 (2021): 94-98.

https://europepmc.org/article/med/34103438

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