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お魚たんぱく健康だより 海水魚の生息域はどう変わる?環境DNA解析による予測

2023.01.31

「昔獲れていた魚が最近はめっきり獲れなくなった」という話はよく聞きますが、本当に魚はいなくなってしまったのでしょうか。資源が枯渇しているのか、地球温暖化などの影響により生息域が変化しているだけなのか、今回は環境DNAを使った解析による魚の生息域変化について紹介します。

温度馴化(じゅんか)による筋肉の性質の変化

池や川などの閉鎖系に生息する魚は季節とともに大きく変化する水温に適応するため、運動に関わるタンパク質ミオシンの性質が変化する(温度馴化)ことが知られています1,2)。運動に必要なエネルギーはATPと呼ばれる物質が加水分解されることで生じますが、ミオシンはこの反応を促すATPase活性を持っており、筋肉運動の中心的役割を担っています。このATPase活性は温度により強さが変化するため、魚の生息水温と運動能力には密接な関係があると考えられています。水温10℃で一定期間飼育したコイと30℃で飼育したコイのATPase活性を比べてみると、前者の方がより低い温度から活性化することが分かっています1,2)。同じように各温度で飼育したキンギョの実験では、低温馴化した時の方がより低水温での遊泳能力が高く、高水温では遊泳能力が落ちることも知られています1,3)

以上のように、コイやキンギョなどの淡水魚は水温の変化に対して筋肉の性質を変化させることで適応することが出来ますが、一般的に海水魚は自身が生息可能な環境を求めて移動していくと考えられています。よく「昔獲れていた魚が最近はめっきり獲れなくなった」という話を耳にすると思いますが、別の場所では「昔いなかった魚が最近獲れるようになった」という現象が起きているのではないでしょうか。

環境DNA解析による生息域変化の可視化

単純に考えると日本周辺では、地球温暖化による海水温上昇に伴い、南にいた魚が北へ移動すると予想されますが、実際には南へ移動した魚がいることも環境DNAを用いた研究から明らかにされています4)。環境DNAとは、生物個体からではなく、土壌や大気などの環境中から得られる生物由来のDNAのことを指します。魚の場合は、水中に蓄積された排泄物や鱗、粘液、皮膚などに由来するDNAを解析することで、その場所にどのような魚種が生息しているかを推測することが出来ます。これまでは魚本体の存在を確認することでしか生息域を特定することが出来ませんでしたが、環境DNA研究の発展により各地域の海水を分析することでより多くの情報を得ることができるようになりました。実際の解析結果では、前述したように単純な北上以外にも南下した魚種もいたことが判明しました。これは新たな魚の出現により居場所を失った魚が移動したためではないかと考察されています。

海水温以外にも藻場の減少や餌の状況、天敵の存在など複雑な要因が絡み合ってはいるため一概には言えませんが、以前と比べて多くの魚の生息域が変化してきたことは確かであり、今後も続くと予想されます。地域の名産とされていた魚がいなくなり、価格が高騰するという現象も多くみられるのではないでしょうか。魚に関わる仕事をしていく上では、より先読みが重要な時代になってきたと考えられます。

<参考資料>
1)渡部終五. 魚類筋運動の温度馴化. 比較生理生化学 9.1 (1992): 12-21.
https://doi.org/10.3330/hikakuseiriseika.9.12

2)Watabe, S. et al. Fast skeletal myosin isoforms in thermally acclimated carp. The Journal of Biochemistry 111.1 (1992): 113-122.
https://doi.org/10.1093/oxfordjournals.jbchem.a123706

3)Fry F. A. and Hart J. S. Cruising speed of goldfish in relation to water temperature. Journal of the Fisheries Board of Canada 7.4 (1948): 169-175.
https://doi.org/10.1139/f47-018

4)NHK.あの魚が食べられなくなるかも 温暖化で日本の海が激変!?
https://www.nhk.or.jp/gendai/comment/0019/topic091.html

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